つづりっぷ

気まぐれ更新。いつまで続くやら……。

話題が無くなるということ

 最後に書いたのがGWの時になっていた。別に書きたいこともないのだが、平日は余裕が無いのか、はたまた何も考えてないのかは ここでは考えない(こんなことよりやるべきことはたくさんあるが、日曜日の自分が挽回してくれるはず)。

 はるか昔「学生が社会人になるとツイートから勉強・学問の話題が消えて、残るのが飯やスポーツの話題のみになる(からつまらなくなる)」という趣旨のツイートを見かけた。元ツイートを見つけられなかったので、正確な内容かどうかはさておき、当時はそこまで実感がわかなかったことは確か。

 (そもそも勉強の話題を意識的に避けていたこともあって少ないのだが、)実際に学生でなくなって以降、自分の話題を考えると、ここに書いていることは特に顕著で、スポーツの話、飯の話が多い。あのツイートに自分も当てはまるのかと思うと少し悲しい気もするが、元々面白くないので(そもそもTwitterは公開備忘録、あるいは雑談用のはず)気にしない。

 とはいうものの、このようにネットで扱う話題が変わってくるのも、そして今までよりそれが面白くなくなると感じることも仕方のないことだと思う。別に単調な生活をしているわけではない。

 まず、残念ながら一日の起きている時間の大半は仕事をしているわけだが、仕事内容のツイートなど出来るはずもないというのが正直なところ。完全知り合いのみの非公開アカウントならまだしも、知り合いでない人を含む中で仕事内容に関することを公開するのは何のメリットもない。ミスチルの「innocent world」の中に「近頃は夕食の話題でさえ仕事に汚染されていて」なんてあるけれども、結局それは見知った人同士であるから成立するということなのだろう。

 この時点で話題が減るのは必然であると思うが、もう少し踏み込むと結局は共通項が少なくなるということもあるのではないかと思う。公開備忘録ではあるものの、どこかで他人に共感してもらいたいことがあるはず。環境が変われば共有していたものも少なくなるわけで、そういうことを人に言わなくなるのではないかなと。アカウントを話題ごとに分けている人がいるが、それもその一環だと考えていいはず。

 そもそも人の投稿にケチをつけること(直接悪口を言われた、あるいは嘘を流されたというようなことは除く)自体がナンセンスなことだとは思うが。