つづりっぷ

気まぐれ更新。いつまで続くやら……。

ネットで「仲良く」なる

 ただの旅行記と化しつつあるので、Twitterのリンクにこれを貼るのもやや気が引けてはいるが、「気まぐれ更新」と銘打つ以上は全く問題ないので多分このままに。

 地元に戻って1年経つが、ありがたいことに結構な頻度で人が遊びに来てくれた。遊びに来てくれた際には大体晩御飯を食べに行くのだが、実家暮らしで親が夕食を用意してくれる環境下であると「今日は夕飯が要らない」という事は当然ながら伝えなければならない。そして、友人と飯を食べる旨を伝えると「どんな友人なのか」という事は関心事らしく、たまに聞かれることがある。

 「どんな友人か」という質問に対する答えは大体「どのコミュニティの知り合いなのか」(ex.学部、アルバイト先、学生寮)というものになる訳であるが、その際に頭の中に「Twitterでよく絡む」という事が口には出さないにしろ浮かぶ。10年前の自分にネットで人間と仲良くなることがあると伝えると気持ち悪がられそうではあるが、事実は事実。

 Twitterで知り合った人と飲みに行くようなこともあるので、今までの友人関係とそこまで違わないようにも思うが、「共通の思い出」の薄さということは感じる。文章で会話をすることもあり、お互いが何をしているのか分かり、毎日会っているような気にもなるが、ネット上「での」思い出話をすることは少ないように思う(ネット上「で」思い出話をすることは多いかも知れないが、出来事そのものは所謂リアルの話であることが殆ど)。

 元々の知り合いにTwitterやらなんやらで連絡を取って会うと、「久々にあった気がしない」と言いながらも前回会った時の話が話のきっかけになることが殆どで、ネット上での共通の思い出の薄さを実感することになる。ただ、このことで「ネットきっかけの友人なんて信用できない」と決めつけてしまう事は勿体無い。思い出が少ない以上、相手に対する関心・話題は当然ながら今の事、現状となり、ネット上での友人(含ネット上でやりとりの多い友人)はそういう意味で現状を肯定しあっているということになる。関係を簡単に絶つことも出来る中でそういうことをしているという事は、尚更居心地(この表現が正しいかはさておき)が良い、話し易い相手、と言っても良いのではないか。 内容の正確性に疑問はあるがこんな記事もあるように、ネット経由の人間関係も悪く無いように思う。

勿論、実際に会ったら違っていた、ということもあるので、結局「うそはうそであると見抜ける」ことは必要ではあるのだけれど。(多分この言葉は「ネット上での」思い出の一つなのであろう……。)