つづりっぷ

気まぐれ更新。いつまで続くやら……。

「分かりやすい」

 学生ではないので明確な試験が無くなった中で、本を買うお金は以前よりあるので土日にこういう勉強をしてみようという理想だけは妄想しやすくなった気がする(尤も、不真面目な学生時代に対しての後悔がどこかにあるのだろうけど)。

 とりあえず本屋に行って、「こんなこと詳しくなれたら面白いだろうなあ」と思いつつブラブラするも、結局一応専攻していた経済学のテキストを読んでみたくなる。大学の生協だと授業で使う「教科書」が親切なものから「易しく書かれた」(教科書の売り文句として大体のものは丁寧なこと、易しいことを自称する)ものまで色々とあるが、普通の本屋だと教科書はあまりなく所謂「ビジネスマン」向けのものが殆ど。カンドリミクロは本当にベストセラーだったのだろうか(苦笑)

 そのビジネスマン向けのものもパラパラと読むわけだが、確かに見やすい。ただ、かえって分かりやすくしようとして分からなくなっているような部分があるような気がする。案外数式で表す方が分かりやすい場合というのもある(し、多分時間をかけて自分で動かすのが一番分かるのだと思う)。分かった気になるのは案外厄介なもので、余計に考えごとが増えてしまう。「数学は生活に役立つ」類のものはもっとこれが顕著なはずで、結局そこに使われている数学に関してはちっとも分からず、「へぇ~」が残るのだけ。自分は数学が分からない人なのであくまでも想像であるが、多分分かる人が見れば「アレがああなることね」となるのだろうけれども。

 塾講をやっていた時にも思ったが、「分かりやすい」はそこまで誉め言葉でもない。勿論いきなり難しいことから始めることは無理があるし、やる気も出ないので、入門書、概論をサラッと書いたものは絶対に必要ではある。ただ、そこで分かったので終わり、となってしまう授業は、あるいは本はちょっと勿体無い。どうせ勝手にやる人はやるのでそれは置いておいて、そうでない人が「少し手を動かして分かる」塩梅が一番面白い。ただ、独学で色々齧ってみようという時に、その塩梅に位置するものが薄いのかなと感じなくもない。需要がないのだろうし、自分が甘えているだけなのかも知れないけど……。

※※塾も本も「商売」である面はあるので、どうしても評判というものは気にしないといけないのだろうけど。

※※大学のオープンキャンパスでどういう事が有意義か、と思うと割と↑の塩梅のものを用意することが参加者にとっては意味があるように思えるが、これもまた商売の一環であるから難しい……。