つづりっぷ

気まぐれ更新。いつまで続くやら……。

同窓会

 同窓会に参加した。大体この類のものは学年単位が基本ではあるが、母校は卒業生全員が対象の同窓会を実施している。

 学年の役員になっている(やる人がいないので結局こういう仕事を引き受けてしまうのである、話のネタにするところまでがお決まりのパターンではあるし、結局仕事を引き受けて頑張ったと言われたいとどこかで思ってしまっているのであろう、とにかく自分はそういう点で卑しい)わけだが、お金を貰っているわけでもないのでその分真剣にやっってしまう。勧誘の結果本当に大人数が集まり感激した。面倒だと思いつつも、会費を払って参加してくれた同級生は大事にしたい。

  同窓会というものに対して「中間管理録トネガワ」では「過去にとらわれた者たちの現実逃避に過ぎん」という評価がなされている。極端なものの言い方ではあるが、あながち間違ってはいないように思う。前のコミュニティとの関わりがあることは良いことであるが、それが今現在に影響を与えすぎるのも考えもの。個人的に「学閥」というものがあまり好きでないのであるが、それもこういう考えから来ていると思う。

 今回先輩含めた同窓生を見ていると、昔の話で盛り上がっていただけでなく、近況報告、さらに名刺交換という風に、なんだかんだで今現在のことの方がメインになっていたように思う。ビジネスライクに捉える必要はないと思うが、今回のような同窓会の使い方ができると存在の意義はあるように思われるし、参加率の向上も見込めるのではないかと感じた。当然ながら今まで面識のない学年の人と話すことは難しいかも知れないが、参加者した同窓生同士の交流ができる仕組みを考えたいところ。

 結局のところ自分が母校に関して愛着が人より異常にあることは自覚すべきなので(苦笑)、それを押し付けないようにすることは肝に銘じたい。

※※仕事でないからこそやる気が出るのである。

※※やはり松山に戻ってきたことは「なんで」「勿体無い」という言われ方をしてしまった。面接の時より帰ってきた理由を考えているような気がするのは気のせいか。

 

「分かりやすい」

 学生ではないので明確な試験が無くなった中で、本を買うお金は以前よりあるので土日にこういう勉強をしてみようという理想だけは妄想しやすくなった気がする(尤も、不真面目な学生時代に対しての後悔がどこかにあるのだろうけど)。

 とりあえず本屋に行って、「こんなこと詳しくなれたら面白いだろうなあ」と思いつつブラブラするも、結局一応専攻していた経済学のテキストを読んでみたくなる。大学の生協だと授業で使う「教科書」が親切なものから「易しく書かれた」(教科書の売り文句として大体のものは丁寧なこと、易しいことを自称する)ものまで色々とあるが、普通の本屋だと教科書はあまりなく所謂「ビジネスマン」向けのものが殆ど。カンドリミクロは本当にベストセラーだったのだろうか(苦笑)

 そのビジネスマン向けのものもパラパラと読むわけだが、確かに見やすい。ただ、かえって分かりやすくしようとして分からなくなっているような部分があるような気がする。案外数式で表す方が分かりやすい場合というのもある(し、多分時間をかけて自分で動かすのが一番分かるのだと思う)。分かった気になるのは案外厄介なもので、余計に考えごとが増えてしまう。「数学は生活に役立つ」類のものはもっとこれが顕著なはずで、結局そこに使われている数学に関してはちっとも分からず、「へぇ~」が残るのだけ。自分は数学が分からない人なのであくまでも想像であるが、多分分かる人が見れば「アレがああなることね」となるのだろうけれども。

 塾講をやっていた時にも思ったが、「分かりやすい」はそこまで誉め言葉でもない。勿論いきなり難しいことから始めることは無理があるし、やる気も出ないので、入門書、概論をサラッと書いたものは絶対に必要ではある。ただ、そこで分かったので終わり、となってしまう授業は、あるいは本はちょっと勿体無い。どうせ勝手にやる人はやるのでそれは置いておいて、そうでない人が「少し手を動かして分かる」塩梅が一番面白い。ただ、独学で色々齧ってみようという時に、その塩梅に位置するものが薄いのかなと感じなくもない。需要がないのだろうし、自分が甘えているだけなのかも知れないけど……。

※※塾も本も「商売」である面はあるので、どうしても評判というものは気にしないといけないのだろうけど。

※※大学のオープンキャンパスでどういう事が有意義か、と思うと割と↑の塩梅のものを用意することが参加者にとっては意味があるように思えるが、これもまた商売の一環であるから難しい……。 

まちづくりのお勉強、一段落

  春から月2,3のペースで参加していたものが取りあえず16日で一段落。全体会を行うという機会が無くなった、というだけで、個々のグループでの活動はそれぞれにお任せ、というスタイルのよう。

 自分がいた(誘っていただいた、と言った方が正しい)グループに関して、商店街と地元の小学生とを繋げる機会を作ってみようという試み、実験的に行った第1回は成功したと個人的には思っている。参加者に満足してもらえたということは最優先であると思うが、それに加えて商店街の方が次回企画に乗り気になってくださったということが大きい。やはり企画の性質上、あと1年、もしくはそれ以上継続することが必要だと思っている。1年以上自分たちが直接関わることができるのかどうかは分からない(大学生は卒業してしまうし、自分が今の所にずっといるかもわからない(苦笑))が、長く続くための仕組みややり方は考えていきたい。

 勉強会に参加し、企画を作ることになったが、企画前に大学の先生方からのアドバイスの下で調査、下調べを行う事が出来たのはいい経験であったと思うと同時に、「官学民連携」の勉強会であることのメリットを感じられた。前にも同じようなことを書いたが、やり方であるとかノウハウというものをきちんと教えてもらえて、かつ実践まで結び付けられるということは自分にとっても有意義で、単純に楽しい(勉強会とは直接関係は無いが、質的な社会調査に関する本にも目を通すきっかけにもなった、学生時代にはあまり関心がなかったので)。

 「どういうことがまちづくりに必要か」ということに関して、自分なりに考えを持つよう講師の方には言われていた。個人的には「続けられること」「あるものをまずは活かすこと(言い方は悪いが「分を弁える」ということでもあるかも知れない)」は頭の中に置いておきたいと思っている。元々「町おこし」という言葉の雰囲気が嫌いであったが、それの理由がはっきりしたような気もする(苦笑)メリットが明確にあってこそ続けられるわけである(商店街の人と何かをするのなら、その人たちにも本業があるわけであって、それに割くはずの時間を削る分だけのメリットは必要なはず)し、何の繋がりもないことをいきなり提案しても仕方がないのである。勿論、「余所者」の意見をシャットアウトするようなことをするのは勿体無いことであるので、バランスは必要ではあるけれども。

 何はともあれ、この勉強会が地元に帰ってきて良かったと思える要素の一つであったことは間違いない。仕事じゃない分、真剣にやれたのだろう(苦笑)

 

※※今の仕事も淡々とやっていこうと思う中で、教育に関しても関わりたいなあとぼんやりと思い続けているのは事実。具体的にどうしたいのか真面目に考えてないあたり小学生が「プロ野球選手になりたい」と言っているのと大差ないけれども。

※※「モノ」を作るのは向いてないと改めて感じさせられる機会が多々(苦笑)

 

 

年下

まちづくりのお勉強の時に大学生と話す機会があるわけであるが、年齢が4,5歳下という事に少し驚く。

4つ下というと高2の時の中1で、小5の時の小1であって、それを基準とするなら随分離れているように感じるわけで、今まで対等な立場で話をするような事があまり無かったような気がする。

11歳の時の4年と24歳の時の4年とでは長さの感じ方が異なるという事なのだと思う。「誤差」の範囲が広がるのかなと(所謂「年の差婚」と言うやつも結局の所こういう誤差の範囲の広がりの結果なのかも知れない)。

1つ上に対する差というのが逆に大きくなったように感じるのは会社員経験の差なのだろうか……。

徳島に行った

 11月25日~26日で徳島に。退勤後高速バスで乗り込むという無計画なことをしたが、大学時代の知り合いにわざわざ誘っていただけたのは本当にありがたいこと。

 25日は市内でご飯を食べて終わり。徳島ラーメンは東京でも流行りそうな気がするが、さてどうだろうか(愛知県に出店したというのは納得した)。ラーメンの生卵は飾りだと思っていたが、ちゃんと役目があるのだと感じた(笑)

 26日は鳴門に渦潮を観に行った。中3の時に部活で行って以来だったが、路線バスでの移動はなかなか時間がかかった。たまにはボーっと音楽を聴きながら過ごすのも良いことではあるかなと。次回はもうちょい計画を立てて、遊覧船にも乗れれば良いのかも知れない(車で行くのが良いのだろう……)。

 ほとんどが移動時間な気もしたが、いい気分転換だったと思う。解散を発表したチャットモンチー(徳島出身)をずっと聴いていたが、改めて良さを再確認したと共に、一番聴いていた5年前(大阪での浪人期)のことを思い出して苦笑いしたのも事実。出来事とか思い出にそれぞれ曲が結びついてるのは別に良いとは思うけれども……。

 

名古屋旅行

 10月7日夜~9日朝で名古屋に行っていた。本当は7日に東京に行き、教育実習先の文化祭に参加した後に名古屋入りするつもりだったが、会社の都合もあり、名古屋旅行に規模を縮小。

 2014年の春以来3年ぶりの名古屋。駅の中をある程度覚えてはいたので特に迷う事も無く友人と合流。地下鉄の一日乗車券(600円)を使って市内観光をした。

 名古屋城熱田神宮と要所を押さえ、大須商店街にも。相当にぎわっていたが友人曰く復興にはかなり自治体やら商工会議所やらの話し合いがあったらしく、かなり時間がかかったらしい。やたらケバブ屋が多かったのは謎。試合は無いがナゴヤドームにも。ベンチでダラダラとういろうを食べる。その後は徳川美術館へ。閉館時間が近かったため、やや駆け足になったのは残念だったが、見どころはなかなかあったので良かった。

 夜は名古屋にいる高校同期をもう一人集めてご飯を食べていた。それぞれがやっていることを聞くのは楽しい。思い出話以上にそちらの方が長くなるのは良いこと。在学中は一緒になることの無かった面子で話すと意外と盛り上がるので、今後も試してみたい(本来は同窓会がそのような場になると良いのだけれど)。

 セントレア空港内のカプセルホテルで一泊後、松山へ。セントレアのラウンジはビール飲み放題ということもあり、朝から楽しめた(笑)

 

東京・仙台旅行

 9月24~26日に有給を使って東京・仙台へ。24日に友人の松山案内を行い、そのあと東京に向かうというなかなかアクロバットなことをしていた(学生時代にはこんなに元気では無かったのだが……。よほど休日が嬉しいのか(苦笑))

 東京は完全に経由地であったため、友人と夕食を取ったのみ。代々木で馬肉の焼き肉というまた珍しいことをした。非常に美味しかったわけだが、上着をあまり持って行かない旅行スタイルの人間にとって服に匂いが付くのは致命傷だった……。携帯用ファブリーズなるものもあるらしいが、よくよく見てみると普通のものを現地調達した方が安そうではある。

 25日午前に神宮球場でスワローズクルーのポイントを景品に交換後仙台へ。東北新幹線に乗るのは初めてで、東京以北に行くことも初めてであった。大宮を過ぎた後ノンストップという快適さには非常に満足。時間はお金で買っていきたい??

 伊達政宗像を見たり、その墓である瑞鳳殿に行ったり、コボスタ宮城に行ったり(試合はしてなかったが)と半日で一通り市内を観光できた。歩くスピードと距離で計画性の無さをだいぶカバーした感はあるが、それもまた一興。牛タンやらずんだシェイク等、ミーハーに食べるものも食べる。

 駅周辺のペデストリアンデッキが本当に便利で、これを歩くだけでも楽しかった。大きな本屋も文房具屋もあり、住みやすそうだと感じた。夜はカプセルホテルに。平日なので当然ながらガラガラである。

 26日は松島海岸へ。日本三景というやつである(8月に宮島にも行ったので、後は天橋立だけではあるが、残念ながらその予定は無い……)。国宝の瑞巌寺は非常に見どころがあった。参道の震災からの復旧が待たれる。牡蠣等を食べつつ、昼まで過ごす。その後は仙台に戻り、仙台市博物館へ。これまた国宝の支倉常長像が見られ非常に満足。もう少しゆっくりしたかった気もするが、それはまたいつか……。

 新幹線で東京に戻り、羽田経由で松山へ。非常に楽しめた。一人も良いものである。

 

※※羽田空港~浜松町間のモノレールのワクワク感はいつまでも大切にしたい。