つづりっぷ

気まぐれ更新。いつまで続くやら……。

東京旅行

 休みが取れた事から、東京に遊びに。先月も行ったので2ヶ月連続となるわけだが、楽しいことは多い方が良いと思っているのでそこは気にしない。神宮球場は東京にしかないわけであるし……。

 旅行というよりは、友だちの家に遊びに行く感覚。学生時代と同じ事をやっていると言えばそれも否定出来ないのだが、会ってくれる友人がいるということはとにもかくにも良いこと。今はまだ東京に集中している分、今回のようなことが出来るのもあと数年ではないかと思っている。 

 会社員になった友人、学生をしている友人とそれぞれいるが、自分よりもやりたいことを色々と考えているような気がする。結局は自分が不勉強なだけなのではあるが、もう少し自分の関心事を増やすか、あるいは今興味のあることに関して「オタク」になる必要があると思った。また、自分のいた大学の魅力はやはり周りの学生にあるとも再認識。

 すぐに分かるものでもないが、出来ることとやりたいこととをはっきりとさせていきたいところ。

※※もんじゃ焼きベビースターのトッピングは美味しい。

 

 

高校野球批判について

 夏の甲子園の県予選が行われている。愛媛県では1回戦から応援団が球場に派遣されるというのが伝統になっているため、球場の近くに行けば毎日大声援が聴けることに。球場付近に行く用事があったため、漏れてくる歓声が聞こえてきたわけだが、ある種の風情は感じずにいられない。

 ただ最近高校野球に対しても様々な視点から批判があることは確かで、こういう声が出てきだしたのは時代の変化なのだと思う。選手に対しては連投に対する批判、炎天下で長時間させることへの批判、あるいは学業軽視への批判、その他にはブラスバンドを強制動員させることへの批判(全国大会を辞退してまで甲子園の応援に行くのはおかしい、という批判があったのは記憶に新しい)等々、いままで当たり前であるとされてきたことが見直されようとしている。

 個々の事例に対して、その場の判断の根拠やどうすべきという答えは異なるのだろう(アホくさいかもしれないが個人的には私立校と公立校でまた答えは変わると思っている)が、こういった見直そうという意見が出ることは良いことだと考えている。プロ野球が全てではないが、高校時代の連投が祟ってその後の活躍が出来なかった選手を見るとやや悲しくなるものはあるし、熱中症になりながらスポーツはするものではない。

 そういう中でこれを言ってはいけないのかも知れないが、「多少の」無理はしてしまうものなのかも知れない。連投の話に関して球数制限を求める声もあるが、負けると即終了の大会でそのような理由で降板してしまい、逆転負けという形になってしまうと(勿論チームの総合力で負けたという事にはなるのだが)やややりきれない部分が残ってしまうのが事実。高校生自身がそういう気持ちにブレーキをかけるのは難しいわけで、結局はある程度の無理は承知しながらも、最後に「大人」がブレーキをかける、そしてそれに責任を持つことが恐らく重要なのではないかと思う。高校野球を「教育の一環」として主張するなら、指導者の側も学校活動の範疇で行っているという意識は必要である。

 高校野球自体はメディア等々含めて「感動」「汗と涙」というものが付き纏うもので、それ故に他のスポーツ以上に注目されてしまっている(しお金にもなる)。それ自体は全く悪いことではないが、全てを美談にするのではなく、おかしいことはおかしいという見方、意見が出てくることは今後も必要なのだと思う。

 もっともブラスバンドで「夏祭り」「タッチ」が演奏されると無条件でジーンとなってしまうのだけれど(苦笑)

 

 

 

まちづくりの勉強会:実地調査

 最近まちづくりの勉強会と母校サッカー部の手伝いとが楽しみで暮らしている感じすらある(この状況が良いか悪いはここでは考えないが、とにかく自分にとって楽しいことがあるのはプラスに捉えるべきなのである)。

 今回は自分たちが関わっていきたいと思っている商店街の方とのお話。細かい内容は書けないが、やはり今のままではいけないという意識が非常に強いが、「継続性」を重要視していたところは流石経営者、と思ったところである(個人的にも継続性は重要視していた。学生主体で何かをやるときに、現実とズレるところがあるとするとやはりここなのだと思うし、「意識高い系」が揶揄されるポイントもここなのだと思う。勿論、スパッと物事を切ることの出来る思い切りの良さが必要な時もあるとは思うが)。

 まちづくりの勉強会の一環である以上は単なるインターネットの宣伝に終わらず(もっとも誰が検索をするのかという点から、自分の中で正直これはそこまで効果があるとは思えない)、何かそこにいる人を巻き込めると良いのだけれど。

 ※※関わってくださっている大学の先生の話、経験を聞いていると、実施調査のやり方、アイデアの出し方からある程度今でも「理論」として、学問の中のものとして体系だっているものがあると(当たり前なのだが)感心させられるし、「机上の空論」なんて滅多に使う言葉でないのだろうと感じる。

 

青木祐子「これは経費で落ちません!~経理部の森若さん~」

 とあるゼミが某女子大とのインゼミでオフィスでの間食を損金算入できるかというようなことを議論の対象にしていたが、個人的には好きなテーマであったと思っている。間食も立派な福利厚生であると考えれば、損金として会社にとって節税効果があるのでは??というような疑問点がきっかけ。節税に人員を割くのは社会全体から見れば不利益なことであるので(あくまで理想論ではあるけれども)、定義と感覚との間にズレがある今の税制に問題があるのかも知れないが。

 本のタイトルからそんなことを少し期待していたが、そんな本が15万部も売れるわけがなく(仕方がない)、経理の人に焦点を当てて会社内の人間関係を取り上げた本であった。テンプレートな「真面目で仕事の出来るクールな女の人」というような感じで、たまにそこにスキが出来るところまで鉄板。タイトルの付け方は大切である(苦笑)

 働き出してから少しは会社の中でのお金の流れ方、処理のされ方に関しては分かることも増えたので、分かるなと思いながら読むことも。人の行動にお金の動きはつきものなのだと改めて思う。

 全く物語の進行と関係ないが「ズルいことと真面目なことは矛盾しない」という旨の文章は印象的だった(当然とある歌が浮かぶからである)。かいけつゾロリの「まじめにふまじめ」に通ずるところがあるような気がする。

スピッツのライブに行く

 スピッツというバンドが物心ついた時から好きで、一応アルバムは全部聴いている。おそらく最初は母親の影響かと思うが、今は完全に自分の趣味として聴いている。小学校の卒業集会の合唱曲にねじ込んでみたり、少年式(14歳を祝う行事。愛媛くらいしかないらしい??)の合唱曲に提案してみたり、となんだかんだで好きなことを公言しているのだが、実はライブに行ったことがないということは今までネックだった。

 東京にいた内に行けばよかったものの、いつも先着順の抽選に遅れてしまっていた(ファンクラブに入っていないこともファンを公言する割りに中途半端なところなのだが)ので、結局行けなかった。今回はたまたま香川県開催のチケットが取れたわけだが、地元に帰ってきてよかったと思える貴重な事例である(苦笑)

 会場の「さぬき市野外音楽広場テアトロン」だが、これがまた最寄駅から10kmと非常に遠く、シャトルバスが運行されるらしい。こんな記事も過去にはあるレベルである(笑)しかも、ライブ終了後の最寄り駅に当日空いているホテルはもうなく、高松市内も当日はほとんど宿泊施設が空いていないという状態である(お盆だから仕方がない)

 そのような状況でネットを漁っていると、これを商機とみたか、JTBのツアーが。日帰りバスで9500円、カプセルホテル+JRを考えると確かに安いが、せっかく香川に行ったのだからうどんを食べて帰りたいという思いもあったけれどもライブチケットが安くないことを考えて、JTBに。巧い商売である……。

とりあえず、8月12日(土)までは健康体でいることを今後の目標としたい。

 

会社員母校に帰る

 母校の部活を手伝いに行く予定だったが、グラウンドの状態が良くないことから急遽学校で話し合いをすることになったらしい。なにか喋って欲しいということで、久しぶりに母校に顔を出しに行った。

 中学生相手に何を話すべきなのか(そもそも話すべき人間かどうかは非常に怪しい)ということは悩んだが、どうやって自分が中学時代を過ごしていたのか、ということを今更ながらに振り返りながら話した。

 当時つけていたサッカーノートを見返しもしながら話したが、今以上に汚い字で、赤面するほどクサいことも書いてはいた(「中二」「黒歴史」というやつなのかもしれない)が、それなりにやる気はあったのだと思う。やはり人間少々クサいこと言ってもいいのだと思うし、「黒歴史」という言葉で人のやる気を簡単に貶すのは良くないのだろう。(「意識高い」という言葉にも同じようなことを感じる。)

 何か少しでも自分の話したことがプラスに働けばいい所。会社員の経験も人に話せるほどにきちんと働ければ良いのだけれど??(守秘義務違反だけは避けたい)

瀬尾まいこ「天国はまだ遠く」

 「幸福な食卓」が有名な人。確か映画化もされてて、ミスチルの「くるみ」が主題歌かエンディングか何かに使われていた気がする。個人的には最後の展開を除けば好きな本なので、暇な人は是非。

 本題に。内容としては自殺しようと田舎に行った人の話。これだけ書くと重い内容に思えるが、全体を通してスルスルと読めた。中高時代の朝読書の時にでも読みたかったような感じ(裏を返せばじっくり読み込まなくても読めちゃうという事ではあるのかも知れない???)。

 結局の所「田舎でのんびり暮らしたい」というような発言は実はそれが絶対に叶わないからしているのであって、もし実現したら本当にそれを人は選ぶのだろうか、というようなことをぼんやりと考えさせられた(本当に行きたいという意見を否定するわけではないので悪しからず)。居心地が良いこととずっと居たいかということは必ずしもイコールでは無いのかも知れない。

 別に自分が自殺したいというような気持ちになったことはないが、しんどい時に読むべきなのはこういう本なのかも知れないと思った。元気が出る、励まされるというよりは、今の状況をある程度受け入れる、肯定するというような気持ちになるといった感じ。「まあ、やってみますか」くらいが疲れた時にはちょうど良いのかも知れない。

 ※※この作品も映画化されていたらしい。正直映画で見るよりは文庫本でこぢんまりと読みたい。