つづりっぷ

気まぐれ更新。いつまで続くやら……。

森見登美彦「恋文の技術」

 ゼミの後輩が面白いとツイートしていたので読んでみた本。作者の本は「四畳半神話大系」と「夜は短し歩けよ乙女」の有名どころしか押さえていなかったのでちょうどよかった(後者は映画になったらしいが、愛媛の田舎ではなんと公開期間が二週間しかなかった(笑))。

 所謂書簡体小説で、手紙のやり取りから話の進展が分かる、というタイプのもの。京都から石川に行った大学院生が文通を様々な人と行うわけであるが、文章の回りくどさ、脱線の仕方が知識をひけらかす、文章力を見せつける感じで個人的には面白いと思う。

 こういう本を読むと自分自身が物事に対して薄い感想しか持ちえないと感じる時がある。関心がそもそもないのか、はたまた薄情なのかは知らないが、とにかく「浅い」と感じることが多々(なにを持ってそうなのか言えない辺りがまたそうなのである……。)

やや浮世離れした感じは嫌いじゃないので、他の物も読んでみたい所。

※「高等遊民になりたい」という率直なセリフを高校生に吐かせているところがまたなんとも。

スワローズ二軍を松山に移そう??

 にわかではあるものの、ヤクルトスワローズのファンであって、こういうサークルに所属してもいた(今も一応「広報」担当である)し、こういうアカウントも持っている。

 ヤクルトを応援しようと思ったきっかけには愛媛県出身の選手(岩村明憲選手、藤井秀悟選手、宮出隆自選手等々)が多かったということ、松山市で04年から秋のキャンプを始めたことというようにやたら地元との絡みが多かったという事もある。そのような状況であるからこそ、一軍は無理だとしても、二軍なら松山移転できるのでは??と仕事中に思ったのでダラダラと根拠を挙げたい。

 

坊っちゃんスタジアムが使用できる

 →地方球場では屈指の環境であるところの坊っちゃんスタジアムが使えるのはかなり大きいのではないか。現在スワローズ二軍が使う戸田球場は河川敷に併設されたようなもので、プロの試合に使われるのが驚きなくらい。いつかバレンティン選手が「戸田はムズムズする」と言っていたり、宮本選手が球場フェンスの改修を自費で行ったりと、「逸話」の多いところでもある(笑)。一方坊っちゃんスタジアムはオールスターを二回も開催した、天然芝黒土の球場(神宮球場でも人工芝である、学生野球との兼ね合いがあるので仕方ないが。)で、プロが使うのには申し分ない球場であるから、戸田よりも良い環境で野球が出来るのではないか。

 

・野球熱の高い土地柄

高校野球の勝率がつい最近まで一位であったり、夏は野球拳おどりを祭りのなかで行ったり(ちなみに脱ぐようなことはない)と、それなりに野球熱が高い土地であることから、チームが地元に根付くのにもそう時間はかからないように思う。そもそも毎秋来ているわけであるし、問題は全くないはず。

 

・首都圏よりも娯楽が少ない

→現在は埼玉の戸田に寮があるわけだが、松山移転が決まれば寮も松山に移るわけだが(二軍が千葉の鎌ヶ谷にある日本ハムは、寮も鎌ヶ谷である)、残念ながら??松山は首都圏に比べると娯楽が少ないので、より野球に集中できる環境になるはず。実際、ソフトバンクの二軍球場と寮は福岡の外れの方にあり、球場しかないようなところであった。そして松山だと温泉で疲労回復、けが予防というメリットもある(ここまでくるとムシが良すぎるか)ことから、松山は相当良い環境ではないか。

 

現実問題を考えると四国アイランドリーグとの球場使用の兼ね合いやら、そもそもどこに寮を作るのかということや、寮は最近建て替えたばかりだから勿体無いとか、絶対に移転するようなことはないわけではあるが、地域振興というようなことを考えると「プロ野球不毛の地」であるところの四国に二軍くらいはあっても良いのではないかと思わない所もない。

※※結局は僕が土日に観に行きたいだけなのである。

スピッツのライブに行った

 書くことが無かったのか、忙しかったのかはさておき、放置していた。気まぐれなので別にいいのではあるが。

 三連休の中日に念願のスピッツのライブに。どうして学生時代に行かなかったのかという気持ちもあるが、とにかく行けたので良かった。

 セトリはこういうところにあがっている(このようなサイトの存在はあまり良いことでもないのかも知れないが)。昔からスピッツを聴いている人にとってはバランスの良い選曲なので、やや大げさに捉えて、メンバーチョイスのベスト盤であると捉えたい。セトリの順番にCDを焼こうと思う。CDを焼く、という行為、今はもうほとんどしないが、車の中で音楽を聴くためには未だ必要なものである……。

 香川の会場でライブをするのは21年ぶりだったらしく(当時はチェリー等を出して、セールス的には全盛期)、改めて長く活動しているバンドなのだと感じさせられた。50歳の(言い方こそ悪いが)おっさんが香川の地の果てで6000人を相手に盛り上げていくというのはなかなかすごいことではないかと思う(まあ僕なんかよりも「熱心な」ファンの方々の年齢層もなかなかに(以下略))。

  スポーツでも同じことが言えるが、本来は家でDVDでも観る方が綺麗なものが観られるわけで(当然ながら生で細かい表情まで見えるわけはない)、それでも生は良いなと思えるのは雰囲気とその場に「いた」という事そのものに対する所があるのかと感じた。「雰囲気代」というものは決して間違っていないものであるなと。やや田舎者くさいが、テレビで見たものが実際にあるとわかるとやはり興奮するのである(笑)

 香川県をゆっくり観光しながら帰っても本当は良かったのかも知れない。こういう事を考えると、やはり車の運転にもう少し慣れていきたい、と改めて感じるわけである。

※バス移動は寝たもの勝ち。

 

高校生と話す

 大学時代こういう団体にいたことも(一時期は中心メンバーであった)あったことや、いつか教員になろうかと思っていることを考えると、なんやかんやで中・高校生としゃべることはいまの所好きなことなのだと思っている。

 先日たまたま高校生としゃべる機会があり、受験勉強の話がメインではあったが(とはいえ僕自身の受験はすでに6年も前なのであるから、話す内容は教える側としての切り口の色が段々と強くなっている……。)、大学の話も少しはすることになる。

 自分が決して人にきちんと話せるような大学生活を送ったという自信はないし、むしろ怠惰な部類だったようにも思うが、各々の高校生が思っていることを出来る限り実現させるにはどうすればいいのか(勿論現実を伝えることも大切ではあるので、ズレがあるなら指摘はする)、出来る限り手助けしたいなと思っている。あまり面識のない年上の人にあれこれ聞こうという意志があるだけでもすごいことだと思うので、やはりこちらもそれにはそれなりに応えるのが礼儀ではあるように思う。

 単純に「大学楽しいよ」であるとか「社会人になったら時間なくなるよ」というようなことを伝えるのでは面白くない(し、そんなことのために土日を使いたくもないのである)。実際楽しかったかと言われると、100%そうだとは言い切れない部分があるのも事実ではあるので(苦笑)

 また伝え方も変わるかもしれないが、今は「面白いと思ったことに時間をかけてみると良い」ということを話すようにはしている。多分自分がそういうことをあまりしなかったという自覚があるのかも知れないが。

 

※※「老害」っちゃ老害であるし、先輩風を吹かせに行っているだけなのかも知れないが、たまにやるくらいは大目に見て欲しい……。

津田倫男「銀行員のキミョーな世界 なぜ行内事情を押し付けるのか」

 卒業した学部が学部なだけに銀行、金融業関係に就職した人は少なくない。正直なところ三井住〇銀行と三井住〇信託銀行の違いも恥ずかしながらよく分かっていなかった(昔それで実際に間違えてお金を振り込みに行ってしまい恥をかいたことが本当にある)ような人間なので、本のタイトルは下衆だが読んでみた。

 書いている人は元々都銀の出身なようで、口出しするOBのような感覚で書かれている。中立と言いつつ、思い入れがある(それが言われる側にとって有意義か否かはさておき)ことは分かるような書き方、考え方をしている。

一般企業と比べると確かに違う事が多いのかも知れない、という感想。扱う商品がお金ということで差別化が難しいこと、また仕事の内容を銀行内で差別化しにくい(評価がつけにくい)ことは(この本を読まなくても分かることではあるが)そうなのだろう、と考えさせられる。個人的にはセカンドキャリアや出向の部分に関しては面白かったように思う。どこの会社も同じような感じはするが、自分自身が「できる」ことというのは特定の場所や機会があってのことということは恐らく考慮しないといけないのだと思った。

※※本自体は5年前だったので、東電の話が出てくる(今出すならマイナス金利の話をバンバン入れてくるのだろうと思うが)のは少し時代を感じてしまった……。

 

東京旅行

 休みが取れた事から、東京に遊びに。先月も行ったので2ヶ月連続となるわけだが、楽しいことは多い方が良いと思っているのでそこは気にしない。神宮球場は東京にしかないわけであるし……。

 旅行というよりは、友だちの家に遊びに行く感覚。学生時代と同じ事をやっていると言えばそれも否定出来ないのだが、会ってくれる友人がいるということはとにもかくにも良いこと。今はまだ東京に集中している分、今回のようなことが出来るのもあと数年ではないかと思っている。 

 会社員になった友人、学生をしている友人とそれぞれいるが、自分よりもやりたいことを色々と考えているような気がする。結局は自分が不勉強なだけなのではあるが、もう少し自分の関心事を増やすか、あるいは今興味のあることに関して「オタク」になる必要があると思った。また、自分のいた大学の魅力はやはり周りの学生にあるとも再認識。

 すぐに分かるものでもないが、出来ることとやりたいこととをはっきりとさせていきたいところ。

※※もんじゃ焼きベビースターのトッピングは美味しい。

 

 

高校野球批判について

 夏の甲子園の県予選が行われている。愛媛県では1回戦から応援団が球場に派遣されるというのが伝統になっているため、球場の近くに行けば毎日大声援が聴けることに。球場付近に行く用事があったため、漏れてくる歓声が聞こえてきたわけだが、ある種の風情は感じずにいられない。

 ただ最近高校野球に対しても様々な視点から批判があることは確かで、こういう声が出てきだしたのは時代の変化なのだと思う。選手に対しては連投に対する批判、炎天下で長時間させることへの批判、あるいは学業軽視への批判、その他にはブラスバンドを強制動員させることへの批判(全国大会を辞退してまで甲子園の応援に行くのはおかしい、という批判があったのは記憶に新しい)等々、いままで当たり前であるとされてきたことが見直されようとしている。

 個々の事例に対して、その場の判断の根拠やどうすべきという答えは異なるのだろう(アホくさいかもしれないが個人的には私立校と公立校でまた答えは変わると思っている)が、こういった見直そうという意見が出ることは良いことだと考えている。プロ野球が全てではないが、高校時代の連投が祟ってその後の活躍が出来なかった選手を見るとやや悲しくなるものはあるし、熱中症になりながらスポーツはするものではない。

 そういう中でこれを言ってはいけないのかも知れないが、「多少の」無理はしてしまうものなのかも知れない。連投の話に関して球数制限を求める声もあるが、負けると即終了の大会でそのような理由で降板してしまい、逆転負けという形になってしまうと(勿論チームの総合力で負けたという事にはなるのだが)やややりきれない部分が残ってしまうのが事実。高校生自身がそういう気持ちにブレーキをかけるのは難しいわけで、結局はある程度の無理は承知しながらも、最後に「大人」がブレーキをかける、そしてそれに責任を持つことが恐らく重要なのではないかと思う。高校野球を「教育の一環」として主張するなら、指導者の側も学校活動の範疇で行っているという意識は必要である。

 高校野球自体はメディア等々含めて「感動」「汗と涙」というものが付き纏うもので、それ故に他のスポーツ以上に注目されてしまっている(しお金にもなる)。それ自体は全く悪いことではないが、全てを美談にするのではなく、おかしいことはおかしいという見方、意見が出てくることは今後も必要なのだと思う。

 もっともブラスバンドで「夏祭り」「タッチ」が演奏されると無条件でジーンとなってしまうのだけれど(苦笑)